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覇王上杉家の歴史(2003年6月~2004年5月)

信長の野望オンラインの話。

覇王上杉家の歴史(2003年6月~2004年5月)

以下は、サービス開始当初から最初の滅亡~復興までの歴史。
昨日、信オンで友人と話ししてたんですが、その友人は争覇からの参入組みなので、上杉が弱かった頃を知らないんですよね。
弱かった頃の話をしたら凄く意外そうでした。自分みたいな古参には今の上杉の強さが有り得ないくらいなんですが(笑)。

なのでちょっと思い出話を披露しようかと、、、(笑)。

引退前に書いてた信オン日記から、サービス開始から最初の滅亡までの歴史を抜粋して来ました。
各上段は某巨大BBSに書かれてたコメントで、下段は個人的なコメント&感想。



■ 2003年

6月
・武田家、北条家と敵視で開始

○発売から数日遅れて信On購入。
戦国武将で一番好きな上杉謙信の上杉家に仕官し、βテストでは弱くて話にならなかったって話を知りつつも大好きな「魔法アタッカー」陰陽を選ぶ。
数人の友人と一緒に始めたので、武田好きな友人に合わせてたら今頃武田だったんだろうなぁ、、。



7月
・斉藤&織田と同盟
・初めての合戦が利根川で起こる>勝利
・川中島が起こる>多数の援軍などで勝利
このころか3週に2週が合戦というのが滅亡するまで続くことになる

○確か、サービス開始から無敵の5連勝をしたのは全サーバーの上杉家の中で「覇王」上杉家だけだったんだよね。
今にして思えば、最初強過ぎたのが後の崩壊の原因の一つでもあったかも。
自分は最初の合戦から参加してたけど、一番最初は足軽にからまれて徒党全滅でした(笑)。



8月
・いろいろあってエースが出奔
このころから利根川も川中島も勝てなくなりはじめ、合戦放置に。とくに川中島。

○自分は放置中もほとんど毎日戦場へ行っており、オレンジの海の中を走り回ってました。
自分を餌にして敵徒党を釣り、それを味方Nで割って壊滅させる事に喜びを感じてました(笑)。
あと、戦場にほとんど人が居ないときでも行ってたのでタイマンや少人数同士の対人戦をする機会が多くて、対人大好き人間へと、、、(笑)。



9月
・越中追加

○新エリアを色々と探索するのが楽しかった。
○ボーナス徒党編成を巡る会議のゴタゴタで、かなりの人数が出奔したのはこの頃。
「お前等がボーナス徒党を組んで楽しむ為の道具かよ!?」って怒ってる方が多かったですねぇ、、、。



10月
・御宿牧場問題&上野陥落、北条にとられる
・三国峠が起こり、本国が挟撃されはじめる。後連敗続き
・晒されたエース七侍の1人が引退し、エース徒党が解散
・三国峠にて風魔問題、司会者引退
・新しい司会者のもと会議で、合戦上での司令官を置くことが決まり、2人の司令官が決められる

○自分は基本的に昼間しかログイン出来ないので、昼間の戦場での指揮官やらせていただきました。
すんごい大変でしたが、信長を辞める時が来たとき、たぶん一番の思い出になってると思います。

○上野が落ちると今後どんなに大変になるかって事を説明してもほとんどの人が「上野なんてなくても良い。今では越中もあるし、そんなに簡単に上杉家は滅びない」と呑気な反応示してましたね。そして上野陥落後、本国が挟撃され大変な事に、、、。
上野陥落危機の際にも合戦に来ようとしなかった人達に腹を立てて出奔も考えたけど、思いとどまりました。
もちろん今では「合戦に参加するもしないも個人の自由だし、本人にとって楽しいのが一番」と思ってますが、エース徒党を始め主力メンバーの人達と何時も一緒に狩りや合戦に参加してたこの時期は、ちょっと頭から変な電波出てたのかもしれません(笑)。

○「陣落としは牧場を提供するだけ」と従来通りのセオリーを強調する徳川の薬師さんと、戦場の徒党内で30分ぐらい喧嘩腰で言い争いしたのを覚えています(笑)。
セオリー通りの戦法で上杉は連敗して来てたんだし、一気に陣を横のライン全部落として敵の戦場での稼動人数を減らす作戦の方が良いと思ったんだよね~。中途半端に落とすから牧場になっちゃうわけで。
実際、この後上杉はどんどん陣を落とす方針で戦い、勝利しましたしね。



11月
・合戦仕様変更や司令官がうまく機能しはじめたこと、また出奔援軍ができなくなったためか三国峠の対北条戦でひさしぶりの勝利。このころから三国峠は勝てるようになり本国の国力低下も抑えれるように
・友好関係変更により、同盟を徳川、織田にしぼる
・しばらく3週1勝1放置を続ける
・司令官が辞任、後任はなし

○昼間に弱いと言われてた上杉が、昼間に大きく戦果で北条を上回った上に引き分けに持ち込んで連敗脱出。嬉しかったですねぇ。そしてその後の合戦では久しぶりの勝利。
○友好関係に関しては、、、、一番最初に上杉を助けてくれたのは斎藤だったので、自分は斎藤と同盟を維持して欲しかったですし、機会がある度にそう発言してました。



12月
・カウンター仕様により、北条に防衛で全勝、武田に攻めで全敗のおかげで魔の4連週合戦

○魔の4週間もほとんど毎日合戦に行きました。
味方が居ない戦場で毎日毎日マゲをむしられて、さすがに「もう無理、、」と思って出奔も考えたものの、結局懲りずに徒党割りに励む毎日でした。


■ 2004年

1月
・正月に三国峠でひさしぶりの大敗
このころから上杉の人口が激減、北条の戦力増加で三国峠にも勝てなくなり始める
・3週2敗が続き、国力ジリ貧
・滅びないために国力上げを国をあげてやることに、反発するものも多数。
中には出奔する者も

○戦う事より「滅びない事」を選択した上杉家に呆れて出奔する人が続出しましたね。
気持ちは良く分かりましたし、全力で戦ってそれでも滅びたらリセットしてやり直し、、、って感じの方が士気の面で今後の国の為に良いのでは?と思ってました。
、、が会議に出ない自分が偉そうに語れるハズも無く(笑)、自分なりに国力上げ頑張ってました。もちろん、戦場へもほとんど毎日行ってマゲむしられてましたが(笑)。



2月
・残り50を切った状態で川中島が起こるが神が宿ったかのような国力上げで滅亡逃れる
・国力上げ上限パッチがくる。1週間に10しか上がらなくなる
・残り50を切った状態で三国峠が起こり敗けるが、国力上げでギリギリ残る

○システムを変えさせてしまった覇王上杉は、ある意味凄いよなぁ(笑)。
国力上げる為に皆でせっせと狩りや生産に励む様も、なかなか感動的でもありました。



3月
・国力が残り一桁で川中島が起こり、武田家により上杉家滅亡

○故郷で隠行を使うのは寂しかったよ(笑)。



4月
5月
・現在会議などを主催しているメンバーは第三世代、むかしの主力たちはほぼいない。
復興できる戦力はあまり期待できない

○、、、とか書かれてましたが、援軍の皆さんの力もあって無事復興。
確かに、初期の頃に一緒に戦場で走り回ってた人達はほとんど居なくなってしまったけど、新たにたくさんの人達が育って主力メンバーに。
この頃から主力になってた方って今(2009)でも結構残ってますね。



以上、サービス開始から滅亡~復興までの歴史の一部でした。
昔は違う国のプレイヤーと徒党組むのを嫌がったり、上杉の領内で敵対国プレイヤーが狩りをしてると嫌な顔したり、細かい部分でギスギスしてましたね(笑)。
でも今思えば、あれはあれで「戦国時代」のロールプレイとして面白かった部分も有ったかな。
本気で敵対国を嫌って団結してましたもん(笑)。
今の「妖怪退治ファンタジーオンライン」化した信オンも良いんだけど、もうちょっとだけ昔の雰囲気もあったらなぁ、、なんて思ったりもします。

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Category: 雑記