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シネフィルと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

ツイッターだと長すぎるし、変なのに絡まれるのも面倒なのでブログで。

最近、ツイッターで「シネフィル」「映画クラスタ」とかって言葉をよく目にするんですよね。
個人的にはそういう区分とかどうでも良いので気にして無かったんだけど、先日のハリウッド版ゴジラやガーディアンズ・オブ・ギャラクシーをいつまでもダラダラ批判する人が自称「シネフィル」だったので意味を調べてみました。

まぁ簡単に言うと、狂的な映画マニアって事かな?
で。
とある自称「シネフィル」の人がゴダールやウェス・アンダーソンを絶賛する合間に、数日の間、延々とガーディアンズ・オブ・ギャラクシーを「何が面白いんだ?」って否定し続けてるんですよねぇ、、、。
自分も嫌いな作品をボロカスにけなす事は有るけど、でも数日に渡って長々と語るなんてそんな暇な事はしない(笑)。

その方の論調を要約すると「果物や枝葉が立派だと素晴らしい木に見える。そういう様々な要素で幹が見え難くなる。幹なんて見なくて良いだろうと言う人も居るだろうが、シネフィルはそれが許せない。木を評価するのに幹を見ないでどうするんだ?」って感じらしくて。

まぁ言いたい事は分かるんですけどね。
数百億なんて大金をかけた派手な枝葉で客を呼ぶのが今のハリウッド映画の主流だし。

でも、映画のどこを「幹」とするかも、結局そんなのは人それぞれなんですよねぇ。
客が作り手の意図とは違う楽しみ方をしていたとしても、それを作り手側が「理解できてない」なんて批判するなら、無人島で一人でオ○ニー映画作ってれば?って話だし。
映画の知識が豊富な人なら、その作品の語り口や技法に興味を持って鑑賞し、革新的な技術や驚異的な演出術に感動したりするのと同様に、ド派手で爽快感のあるアクションシーンで胸を熱くするのも正しい楽しみ方だし。
映画に限らず、人が娯楽作品に求めるのは「感情を動かされる事」だし、感情の動くポイントなんて人によって違ってて当たり前で。

「理解できない素人は黙ってろ」とか言う馬鹿も居ますが、映画は基本的に映画の素人に向けて作られる物なので、大多数の素人が駄目だと感じるなら、それは駄目な作品なんですよね。

ちなみに自分はウェス・アンダーソンの作品は凄く好きだし、20代前半の頃は映画マニアを気取ってゴダールやらフェリーニやら見まくってた時期も有ります。
小津や黒澤もそれなりに見てましたし、ピンク・フラミンゴとかイレイザーヘッドみたいなカルト映画ばかり見てた時期も有ります。

でも、偉そうに知識を披露したところで映画の好き嫌いなんて所詮は趣向の違いでしかないし、それ以上でも以下でもないですよね。こんな当たり前のこと、改めて言う様なことでも無いんですけど(笑)。

好きな物を語りたくなるのは至極健全な事なので、「ここが好き!」「ここが嫌い!許せない!」とか感想を綴ったり評論を仕事にしてる人が居るのは当然なんですけど、自分の主観に過ぎない物を他人の上に置いて「俺様のレベルから無知なお前らに教えてやろう」と言わんばかりにダラダラ語ってる人は痛いなぁ、、と。
もちろんそういう人は一部の特殊な人なんだろうけど、自分の中では「シネフィル」って自称する人は、そういうタイプな人の確率が高そうなので避けよう、、、ていう認識になりました(笑)。


って事で。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』最高でしたよ!
制作の噂を聞いた時はグリーンランタンの二の舞だろうと思ってたけど面白かった。

自分の中ではスターウォーズEP1~3はウ○コ映画なんだけど、それらには欠けていてEP4~6の中には有った良さがガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの中にきちんと有る感じ。
あと、色々な物の描き方がウザくならない距離感で気持ち良かった。
登場人物では、実は一番バイオレンスな事やってて、だけど一番優しくて、そして表情が一番豊かだったグルートが好き。

特に良かったのは音楽の使い方。
カラっと明るく軽いトーンで王道ストーリーを描きつつ、登場人物のちょっと悲しい背景や心情を音楽で語って見せるのが凄く良い。
なんでもかんでも台詞でダラダラ演説させてばかりの日本の脚本家さん達には見習って欲しい。

ゴジラもそうだったけど、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』も大画面で見てこそ!です。
今までのマーベルヒーロー作品を見て無くても全く問題ないので、興味の有る方は是非。



同じ日にはしごして見た『るろうに剣心』の完結編はイマイチでした、、、、。

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Category: 映画